--------------------- 空と海との境界線・3 --------------------- 「おい太一、お前国語の宿題提出してないってホントかよ?!」 「あ、よぉヤマト」 始業式から数日経ったある日。 血相を変えてやってきた親友に、太一は手を上げる。 「『よぉ』じゃない!あれだけ言ったのにッ、どうして…」 「まとまんなかったんだよ」 太一はさらりと言った。 「ヤマトさ、この宿題が1つの冊子にまとめられて全員に配られるから、あんな事言ったんだろ?」 そうすれば間接的に空に伝わるからな、と太一が言うと、ヤマトは言葉につまる。 「う…ま、まぁ」 「俺、真面目な詩なんか他の奴に見られるの、ごめんだから」 太一は苦笑いを浮かべた。 「折角気ぃ利かせてくれたのに悪ィな」 ヤマトは困惑した顔で言った。 「じゃあ、どうすんだよ」 「んー…取り敢えず、適当に書いて提出する」 「違うッ、お前の伝えるべき事…」 「頼みが、あるんだ」 太一は大真面目な顔で、ヤマトに紙を1枚、押しつけた。 数週間後。 「ヒカリちゃん」 後ろから声をかけられ、ヒカリは振り向いた。 そこには、笑顔のタケルが立っていた。 「何?タケル君」 「お願いがあるんだ」 サッと2枚の紙切れを取り出す。 「これ、京さんと一緒に行ってきてほしいんだ」 ヒカリは紙を受け取り、驚いた顔でタケルを見た。 タケルは頷く。 「そう、お兄ちゃんのライヴのチケット」 「えっと、でも、どうして…」 「だめ、かな?」 彼の微笑に困惑しつつも、ヒカリは了解の意を示す。 「あぁ、そうそう、それでね、京さんには何か録音するものを持っていくように言って?」 「え?な、何で?」 ヒカリが聞くと、ある人の幸せがかかっているんだ、とタケルは言った。 頭にクエスチョンマークを点灯させつつも、ヒカリは頷いた。 そして、ヤマトのライヴの日。 TEEN-AGE WOLVESのヴォーカルが声を張り上げて歌っている。 まわりは熱狂的なファンの歓声に包まれていた。 「えっと、4曲目が終わったらすぐに録音開始、で5曲目をとるんだって。終わったらとめていいって」 あらかじめタケルが用意しておいたメモを片手に、ヒカリが言った。 京はヒカリを見て心配そうに言う。 「でも、カセットでよかったのかなぁ?」 「平気だと思う。タケル君、何も言ってなかったし」 「うん…でもこれ、ちょっと重い…」 ヒカリは軽く笑った。 「あ、京さん、4曲目終わるよ」 「えっ!うっそぉ、早いっ」 2人は少し緊張して、舞台の上の人を見つめた。 曲が、終わる。 京は無言でスイッチを押した。 『今日は、来てくれて有難う』 ヤマトの言葉に、ファンが叫ぶ。 『実はみんなにお願いがあるんだ。…次の曲は、静かに聞いてほしい』 やはり彼の影響力は絶大である。 場は水を打ったように、一瞬で静まり返った。 ヒカリと京の姿を見つけたのか、彼女らのいる方に向かって軽くウィンクすると、ヤマトは言った。 『次の曲は、俺の親友が一部作詞した』 「ねぇ、もしかして…」 京は思わず呟いた。 ヒカリは黙っている。 ヤマトはマイクを握りなおした。 『ほんの一部だけど、ヤツの思いが伝わればいいと思ってる。…聞いてほしい』 ベースがかき鳴らされ、曲は始まった。 イントロの中、ヤマトはさっきより声を落として曲名を告げる。 『…“sky with sun”』 空は思わず息を呑んだ。 雑音の中、朗々と響くヤマトの声。 ヒカリから渡されたカセットテープの中に、こんなものが入っているとは。 「た…いち」 (信じていい?その言葉、信じていい?) 空は心の中で何度も尋ねた。 涙がこみ上げてきたが、不思議とこぼれる事はなかった。 曲はサビに入り、ヤマトの声が歌う。
空は心の中で呟いた。 目を閉じると、太一の明るい笑顔が見えてくる。
ヤマトの声が歌った。
空はガタンと音を立てて立ちあがった。 今すぐ太一に会いたい。 会って伝えたい、この気持ち。 1つ深呼吸をすると、空は太一の携帯電話のナンバーを押した。 携帯電話が鳴って、太一はハッとした。 風と波の音が全てを支配する世界。 その中でぼんやりと考え事をしていたせいで、反応が遅れた。 電話は、切れてないだろうか。 「もしもしっ」 『…太一?』 空。 「…よぉ、どした?」 『太一さ…今、ヒマ?』 「えーと、あぁ、まぁ一応」 彼女の声が心なしか小さくなった。 『ねぇ…今、会えるかしら』 「俺さ、この間の海に来てるんだ。…来れるか?」 『…行く。今すぐ、行くわ』 耳元で何かが聞こえて、電話は切れた。 太一は少し微笑んで、ポケットに携帯電話をしまった。 そして呟く。 「…何だろうな、この気持ち」 やわらかで心地よく、少しぬるい風が、太一を包んだ。 息を切らせた空は、太一の姿をみとめた。 今になって胸がつまり、涙が出そうになる。 一刻も早く彼のもとに行きたいと思う反面、このままいつまでも彼の背中を眺めていたいとも思い、足が動かない。 「空」 ハッとして振り向く。 「ヤマト」 「行ってこいよ」 ニヤリとヤマトが笑う。 決して嫌味ではない笑いだ。 「空の事、待ってたんだぜ、アイツ」 「そうだよ、空くん」 「丈先輩…」 彼独特の優しい笑みを、丈は浮かべた。 「僕たちは力になれないけど…頑張って」 「ううん…そんな事ないわ。ありがとう」 ヤマトもありがとね、と空が続けた。 ちょっとカッコつけてヤマトは言った。 「まぁ…空のためだし」 「というか僕は何もしてないよ?」 くす、と空が笑った。 ヤマトは空の背をトン、と押す。 「さぁ」 空は頷くと、太一のもとへと坂を駆けおりていった。 彼女に気づき、太一が振り向く。 それを見届けると、ヤマトと丈はお互いの肩を叩き合いながら、来た道を引きかえしはじめた。 俺たちは空と海のはざま この大地に生きている 空と海の境界線に 俺たちはいる そして ここでえがこう 俺たちの物語 ――誰かが小さく、口ずさんだ。 Fin |
|||
やっとこせ、です。辛抱強く読んでくださった方に感謝、です。終わり方、かなり気に入ってます。丈とヤマトの2人組が好きなので。
一生懸命書きました。この話を好きだと言ってくれた方、ありがとです。 ここまで読んでくださって本当に有難う御座いました。 |
|||
>>Back |