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  ほんのちょっぴり。  
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雲が、切れた。
暑かった国を離れてまだ一日と経っていないが、風はもうこんなにも涼しい。
皓々と輝く白い月の光が、きらりと反射した。

黙って甲板に坐し。
その目を布で覆い、抜いた刀を前に構え、静かに呼吸する男。



気配を感じた。
静かに、かつ、かつと誰かが歩く音。

敵ではないだろうが。
足音を隠そうとしている相手に、気づいているという事を認知させたくて。
す、と切っ先を相手の喉元に向けた。


「やだ、物騒ね」
軽い笑いがこぼれた。




「ナミ、か」

刀を下ろす。
目隠しを取り、彼女の方に視線を向けた。

「こんな遅くまでトレーニング?」
「まァな」

刀を眺める。
白い光が美しい刃を滑り、持ち主の顔を映し出す。

思い出すのは、Mr.1と呼ばれた男。



「鉄さえも切れる、あの境地に――いつでも、たてるようにならねェと」


ふうん、と興味なさそうにナミが答えた。


「そういや、お前何してんだ」
「え?」

彼女は首を傾げた。



「“こんな遅くまで”起きてるなんて」

何せ、アラバスタを離れた後だ。

疲れているはずだ。
海軍との戦闘もおそらく一つの原因になり得るが。

一番の要因と思われるのが、短い間だったが仲間であった王女――ネフェルタリ・ビビとの別れ。
それは等しくみなの胸に複雑な感情を与えたが、ナミはおそらく特別だろう。
ナミと彼女は、特に親しい女友達になっていたのだから。
別れに理解があるのだかないのだか、ナミはいろいろな反応を見せた。
整理がついてないのか、と思い、ならば疲れているから眠りに落ちるのは容易いはずだ、と思って、

――ああ、と思い至る。


だからこそ、コイツは眠れねェんだ、と。



「…そうね」

何でかしらね、と小さく呟いて、背中合わせに座る。
ゾロの背中に、ナミの背中の重み。

「ナミ」
「何、ゾロ」

アラバスタでの、背中の重みを思い出して。

「足、平気か」
「…お陰様で」

我らが船医の腕前はすごいわね、とくすりと笑った。
さすがにゾロもぎょっとした、ナミの怪我。
大きく太い棘が彼女の足を貫いたのだという。

本人が言うならまあ大丈夫なんだろうと思い。
ゾロはふうっとため息をつき、言った。


「ナミ。…ビビの事、考えてるのか」


一瞬息を呑んだナミは、ややあって、

「…私、寂しいのかな」

と言った。

珍しいことかもしれない。
彼女はいつだって気丈にやっていた。
涙を見せたのだって数少ないし、助けを求めた回数など手のひらで数えられる。
そんな彼女が。


「…ナミ」
「あのさ、ゾロ」

重みが増す。

「私、あの子の事すごく気にかけてたわ。もしかしたら、妹みたいに思ってたのかも」
「……」
「私、ちゃんとビビのために戦えたのか、分からない」

それは。
ミス・ダブルフィンガーとの戦いを指すのか、それとも。


「ねえ、ゾロ」


こちらが返事をしないのをいい事にナミは話を続ける。


「初めての時も、アンタ、助けてくれたよね」

それは、バギーと初めて会った時の話だろう。

「クロん時も」

あの時は散々だった、と少し眉をひそめた。
己の魂である刀を、足蹴にされたり盗まれたり。

「…、……」
「アーロンの時も、か」
「…ええ、…そうね…」

言い淀んだ理由は分かるから、先に言ってやった。

「リトルガーデンでもそうだった」

この女が何を意図してるか、ちっとも分からない。
謎掛けは苦手だ。
何が言いたいんだ、と思った時、ナミが小さい声で早口に言った。


「ありがと」


「…は?」

思わず、間抜けな声を上げてしまった。
ナミは少しだけ苛立ったように言った。

「だから。 アンタ、Mr.1から私を守ってくれたでしょ」
「ああ…アレか」

上着を引っつかんでMr.1の刀からコイツを救った事か。
正直、無我夢中だった、あの瞬間。

「いい。気にするな」
「…でも」



厚かましいはずのナミが、不意にしおらしくなった。


「私、守られてばっかりで、やっぱりビビのために戦えたか分からない」



何だ。
そんな事か、と小さく息を吐いた。
全く、めんどくせェ。
めんどくせェけど、言う。


「お前にはお前の役割があっただろ。それをこなすのが、お前の戦いだったと思う」


細かいことは割愛。
所詮自分には説明できないし、説明しなくてもこの賢い航海士は理解する。


自分が剣を以って戦うように。
ナミはその知識と情報を以って戦ったはずだ、と。



何も言わずにナミは立つ。
甲板から去る。
少しだけほっとした。
彼女は、眠りにつけるだろう。

すぅ、と眼を閉じる。
ああ。風が気持ちいい――





って。
何で戻ってきてるんだアイツ。



「おい、ナ…」
「あげるわ」

甘くて甘くて酸っぱい香り。
オレンジ色をした、

「…みかんじゃねェか」
「ええ、みかん。あげるわ」

はい、と差し出され何となくおぅ、と受け取ってしまって、慌てた。


「ちょ、ちょっと待て、」
「いいの。あげるって言ってるんだから、もらっとくのが男でしょ」

みかんとナミを見比べた。



「…………………」
「…………………」




十数秒の沈黙を破り、ナミはわざとらしく溜息をついた。

「…アンタってほんっと、鈍いわね」
「は?」
「別にいいけど。それ、味わって食べてよね」


じゃあ、お休み、と心なしか鼻息荒く船室へと戻っていくナミをぼんやりと見送った。
手の中には、彼女の贈り物。
意味がわからない。










船室に戻って、ナミはベッドに倒れこむ。
ばふん、と枕に顔をうめてみる。

「…にぶちん」



何度も何度も助けてもらった。
さっきも、助けてもらった。

自分だけだろうか、とおもってしまうこの気持ち、どうしようもない。



所有者である自分以外の誰にもさわらせなかったみかんを、アイツにあげた理由。
いつか、アイツが気づくことなんてあるんだろうか、と頭を抱えた。



は、歯切れ悪…ッ!!(汗)ああでも楽しかったです。ONE PIECEは私の中ではアラバスタで終わってるんで(それ以後はそんなに読んでないし見てないから分からない)ここまでかなぁ、と。ロビンも詳しく知らないし。
普段ゾロに対して特にえらっそーにしてるけどこんな一面もあるといいなあ(夢)って思いつつ書きました。え、だって特にきつくあたるじゃないですかゾロには。愛情の裏返しだと大喜びです。私が。
何と言うか、お互いにお互いのこと思い合ってるのに、少しだけしかそれを表さない。だからお互い気づかない。で、それにやきもきするナミ嬢。…ナミ→ゾロ?ゾロに早く気づいてもらって幸せになってもらいたいです。 あ、でもくいなとかどうなんだろ…

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