---------------------
  空と海との境界線・1 
---------------------


夏の海、それは誰の記憶の中にもある思い出の一つである。
そしてここにも、12人の「子どもたち」が、新たな思い出を作りにやってきていた。
中には、「子ども」と呼ぶには少々大人びた容貌を持つ者もいたのだが。



午前中にめいいっぱい遊んだというのに、午後になってもなお楽しそうにはしゃぐ子どもたち。
しかし、珍しい事に、その中に太一の姿はなかった。
彼は砂浜で海を見つつ、一人物思いにふけっていた。

不意に、彼に影がさす。
「…何だよ」
「どうしたんだい、太一」
柔らかな笑顔で尋ねる彼に、太一はつと視線を足元に落とし、小さく
「何でもない」
と呟いた。
彼は少し困った顔で言う。
「そんな筈はないだろう?物事の中心に太一がいないなんておかしいよ」
「…別に、いいだろ。…丈」

少し向こうの浅瀬では、4人の女の子――ヒカリ、京、ミミ、そして空が楽しそうな声を上げている。
そしてその横では、大輔とタケルが心なしか仲間に入りたそうな顔で彼女らを横目で見つつ、他の男の子達と遊んでいるようだった。

「太一」
慌てて太一は丈の方を向いた。
穏やかな瞳が太一を見つめる。
「何か、あるんだろう?言ってごらんよ」
ほら、と言って丈はソーダ缶を差し出す。
太一はそれを受け取って一口飲むと、ぽつりと落とすように呟いた。
「――俺、海になりたかった」



「…はい?」
丈が分からない、といった風に聞き返した。
「それ、どういう事だい?」
「いや…大した事じゃ、ないんだけどなー…」
太一は控えめに笑った。
「自分で考えてみろよ」
そう言われ、丈はますます首をひねる。
全く、真面目だよな、と太一は小さく呟いた。
「丈…ストップ」
思考しているところを遮られ、丈は少し変な顔をした。
「あのな、どうしようもない事なんだよ」
やや自嘲気味だったのは気のせいだろうか。
「あれ、見てみろよ」
太一はまっすぐ前を指差した。
その先は、青。
「…?」
丈は目を細めた。
「何もないじゃないか」
その言葉に、太一は呆れた笑いを――今度は明らかに自分に向けた笑いを浮かべ、言った。
説明下手で悪ィな、と呟いて。
「俺は、水平線を見ろって言ったんだ」
「あ、ああ、水平線」
丈は目をこらす。
しかし、空と海の接するところは、限りなく不明瞭だ。
「それが、どうして『海になりたい』に繋がるんだい?」
「……」
不意に俯く太一。

「水平線ってさぁ…どうしてあんなに近いんだろうな…」
「太一?」
「あんなに近くにいるのに、傷つけたりもしねぇし」
丈は何も言わない。
それが丈の良いところだ、と太一は心の隅で思う。
「こんなに、大切にしたいと思ってるのに…」
「…空くんかい?」
太一は一瞬驚いた顔をするが、やがて小さく頷く。
「俺さ…あの水平線みたいに、触れていたいんだ…空に」
それはあの青い空か、それとも。
潮風がとても心地よい。
丈は軽く目を閉じた。
太一は続ける。
「すぐ喧嘩しちまうしさ。何かうまく伝えられねぇな」
こんなにも、愛しいと思っている事。

丈は太一のやや伏せた目を見て、言った。
「…太一は、太一なりに悩んでたんだね」
太一はため息をついた。
「似合わないってか?」
「いいや、頑張ってるなって」
「…どーも」
ぐいっとソーダを飲む。
「海になれば、手が届くのになぁ…」
太一は手を大空にかざした。

と、その手をぺちっと叩かれる。
「ってぇ!」
「お前もバカだな、太一」



そこには、呆れた顔をしたヤマトがいた。
太一は思わず怒鳴った。
「うっせぇな、ほっとけ!」
そこまで言ってハッとする。
「って、お前聞いてたのかよ!!!」
「いや、太一があんまりおとなしいからさ、驚かせようと思ったんだけど。丈と話しこむしさ」
太一が大げさにため息をつく。
ヤマトは丈と反対側に腰を下ろした。
丈は、ヤマトの方を向いて尋ねる。
「んで、君はどう思うんだい?」
「あぁ、ただ太一はバカだって」
「るせぇ!」
太一が怒ったように言う。
それもそうだろう、丈に告げた事は、真剣に考えた事だから。
「でもな、太一。お前が言ってる事、違うと思うぜ、俺は」

ヤマトはその蒼い目を少し細めて言った。
「『武之内』の空の傍にいる事が出来るのは人間だけだろ?海になんかなったら存在は遠くなる。仮に空があの青い空になったとしても、だ」
「…意味分かんねーよ」
太一が呟く。
無視してヤマトは続けた。
「それにな、太一。空と海とは触れ合っちゃいない」
太一はただ遠い水平線を眺めた。
丈も考え込んでいる。
ヤマトは空を――武之内空を見て、言った。
「空と海は触れ合えないんだ。限りなく近いけれど、平行線のままだ」
まぁ、お前がどう考えるかは分かんないけどな、とヤマトは気のない声で呟いた。
「ああ、あと一つ言うならな、太一」
太一は視線をヤマトの方に向ける。
ヤマトはニヤッと笑った。
「空に触れる…って言い方、ヤラシいぜ?」
「なっ…!;」
「おいおいヤマト、論点が違うよ?」
丈が苦笑した。

太一は少し赤い顔のままちょっと考える素振りを見せて言った。
「じゃあさ、俺はどうすればいいんだよ?」
「太一は太一らしくしてればいいんだよ」
丈が微笑む。
ヤマトも頷いた。
「丈の言う通りだよ、太一」
ほら、と言ってヤマトは太一の背中を叩いた。
「お前がこんな所でうじうじしてるなんてらしくないし、不健康だぞ。大輔の相手でもしてこい」
「そうだよ太一。行ってきなよ」
太一はようやく笑った。
「サンキュな、ちょっと楽になった」
「あぁ、良かったな」
ヤマトが明るい笑顔を見せた。
太一は立ち上がって言った。
「お前らも行こうぜ」
「あ、俺はいい。これ以上焼けるの嫌だし」
「僕も、もうそろそろ勉強を」
「「お前が一番不健康だっっ」」
2人が見事にハモる。
丈は笑いながら言った。
「考え込むのも良くないからね、太一」
「ああ…分かった」
太一は砂浜を走ってゆく。

その後ろ姿を眺めてヤマトは呟いた。
「ホント、丈って頼りになるな」
「…お互い様さ」
安心感のある丈の言葉。
「でも…空くんは太一の事、どう思ってるんだろうね?」
「さぁ…」
空も鈍いからなー、とヤマトは髪をかきあげつつ言う。
丈は広がる空を見上げ、言った。
「結局は太一次第…か」
「そうだな」

→2


内容を練りに練ったので長い上にアップの時期が微妙。一応、夏休み〜新学期くらいの話。
ヤマトが出張ってます。クサくてかっこつけなヤマトに愛なのです(笑)

>>Back