--------------------- 空と海との境界線・2 --------------------- 太一は久しぶりに頭を悩ませていた。 と言うのも、国語の宿題で詩を書くことになっていたからだ。 今まで宿題を適当に放って置いたつけがまわってきたのだろうか、とまで考えてみる。 「あー…書くのメンドくせぇなぁ、詩…」 いや、と考え直す。 面倒なのは詩を書くことではなく、考える事ではないか。 何か感じたり考えた事を言葉にするのは、少々怖かった。 こんな事で恐怖に似た感情を抱くなんて、自分らしくもないと思ったけれど、どうしてもそう思ってしまう。 「空…」 ――結局それかよ、と太一は今日何度目かのため息をつく。 学校でも卒なくやっている、空とは。 でも、空のふとした言葉に過剰反応したり、動きを目で追っていることを太一は自覚していた。 そして今でも、自分を呼ぶ彼女の声が聞こえてきそうで、何となく情けなかった。 「ヤマト、得意そうだよな…こういうの」 太一はカレンダーを見た。 夏休み終了まで、あと1週間。 4日前くらいになったらヤマトに手伝わせて終わらせよう、と思い、太一は目を閉じた。 バンドの練習から帰ってきた途端に電話が鳴り、ヤマトは慌てて受話器を取った。 「はい、石田です。…あ、空」 ヤマトは電話のコードをいじりながら会話をしていたが、不意に眉根を寄せた。 「…は?詩の手直し…俺が?」 彼は何度も頷く。 そして最後に言った。 「じゃあ、送れよ、ファックス。見とくから」 ヤマトは受話器を下ろした。 脱ぎ散らかした靴とカバンを片付け終えた頃、カタカタと音がして紙が吐き出された。 その紙は自然と床に落ちる。 ヤマトはそれをかがんで拾った。 「んー、さすが空だな…センスいいよな」 今度作詞を頼んでみようか、とか思いつつ空のことばを口の中で呟くヤマト。 そのうち、ヤマトは驚いた顔をした。 慌てて文字を追う。 そして何かを確信すると、空の家に電話をかけなおした。 「や、やべ…!」 すっかり忘れていたのだ、宿題を。 夏休み終了まであと2日。 ヤマトの家に電話をしなければ。 「えっと…」 リズム良く電話のボタンを押していく。 ヤマトの家には普段彼しかいないので、誰が出るか分からない他の家に電話をかけるよりはずっと気が楽だ、と太一は呼び出し音を遠くで聞きながら考えた。 (でもヤマトは大変だよなー。バンドもあるし、家に帰ったら1人だし) 『はい、石田です』 (メシとかも自分で作らなきゃだし) 『…もしもし?』 (さながら主婦だよな〜。あ、男だから主夫か) 『もしもしィ?!』 「うわっ!!あっ、ああ、ヤマトぉ?!」 『何だよ、太一かよ!』 お互いに驚き合う。 『あービックリした。無言電話かと思っただろ』 「わりーわりー。で、ヤマトさぁ、頼みが…」 太一が言いかけるのを遮り、ヤマトが言った。 『お前さ、国語の宿題やったか?』 「あー、終わってねぇ。実はその事で電話したんだけど」 『俺もその事で電話したんだ』 「…はぁ?;」 太一は間抜けな声を上げた。 「それ、どういう事だよ?」 心なしか明るい声。 ヤマトの手伝いを期待している、という思いを声に詰めこんだらしい。 しかし、現実はそう上手くはいかない。 『俺は別にお前を手伝う気なんかないけどな』 ガクリ、と太一は頭をたれる。 気づいているのかいないのか、ヤマトは少し間を置いてから続けた。 『ヒントを、やる事は出来る。しかも、重要なヒントだ』 「…何だよ、そのヒントって」 『お前は、太陽になれ』 太一はため息と共に受話器を下ろした。 一体自分に何をしろと言うのだろうか。 ヤマトからのファックスを眺め、再びため息をつく。 「太陽、ねぇ…」 ヒントをくれると言ったヤマトは、太陽になれと言った後、こう言った。 『思った事、正直に書けよ。そうじゃなきゃ、伝わらない事もあるんだぜ』 太一は頭をがしがしとかいて呟いた。 「ヒントどころか、難問投げつけられたみてぇだ…」 てか、いいのかよ、空の詩を勝手に転送して、と思う。 そしてこれのどこが『太陽になれ』に繋がるのかさっぱり分からない、と思う。 どうしようもないので、どさりと自室の椅子の腰掛けた。 机の上には、まだ何も書いてない真っ白な紙。 太一はやたら冷めた目でその紙を眺めた。 注意書きを文句を言いつつ呟くように読み上げる。 「1、盗作はしない事。…当たり前だろ、誰がするかよ。2、辞書を活用する事。めんどくせぇな」 ったく、先生は注文多いんだよ、と太一は心の中で舌打ちをした。 「んで、3…」 太一の動きが止まる。 「…自分の感情などを、素直に表現する事…」 『太一は太一らしく』 『思った事、正直に』 丈とヤマトの言葉がよみがえる。 「太、陽…」 太一はシャーペンを手に取った。 もはや言葉にするのを恐れている場合ではなかった。 紙が散乱している部屋に、1人。 太一はひたすら文字を書きつづけていた。 あの夏の冒険の事、サッカーの事、学校の事、そしてその中に一貫して存在する、自分の幼なじみの事…。 太一は色々書き散らしていたが、最後に大きく力強く書いた。 たった1文字、『空』と。 ・ ・ 太陽は気づかない 向日葵のまなざしに 太陽の笑顔は 向日葵の胸を焦がすというのに 私だけを 見ていてほしいと こんなに願っているのに。 →3 |
この話が1番大変だった気がします。でも太一とヤマトの会話は楽しかったです、彼らの純粋な友情はめちゃくちゃ好きなので。
しかし、空はあんな詩を書いて、本気で提出するつもりなのかしら…いや、太一=太陽だなんて意味を込めた筈ないんだけど…(弱) 最後の『空』の1文字は、決意です。太一の。もやもやがふっきれたんだと思うのです。 |
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