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  BEFORE THE WHITE DAY  
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「な、頼むよヤマト!お前しかいねぇんだよ」
この通り!と言って手を合わせ頭をさげる太一を、ヤマトは複雑な気持ちで見つめた。
「大体な、太一、そういう事は男に頼むものじゃないだろ」
「だから、頼めるやつがいないからヤマトに頼んでんだよ」
太一は困ったように顔をしかめた。
「ヒカリは色々と信用できねぇし、京ちゃんも不安だろ、ミミちゃんなんかもってのほか!だし」
「ひどい言い草だな、ヒカリちゃんは妹だろ?」
「妹だから信用ならねぇんだよ、事情を知りすぎるから口がすべった時に怖ぇんだ」
あー、なるほどね、と適当に頷いてみせた。
太一はヤマトのシャツの胸の辺りをつかみ、顔を近づけ時折唾を飛ばしながら言った。
「だからさ、頼むよ!お前だけが頼りなんだッ」
「分かった、分かったよ!分かったから唾を飛ばすなっ、離れろっ」
ヤマトが半ば怒鳴るようにして言うと、太一はあっさりと離れて言った。
「サンキュー!やっぱりヤマトは友情の男だな♪」
にっと笑った太一を見て、ヤマトは大きくため息をついた。



理由は皆目予想出来ない、という訳ではないが、それでもやはり不可解な太一の依頼。
それはある昼食時の太一の発言から始まった。

「なぁ、ヤマト、料理とかって大変なのか、やっぱ」
「は?」
ヤマトは箸を置き、眉根を寄せた。
太一はヤマトが聞き取れなかったのかと思いもう一度繰り返した。
「や、だからさ、料理って大変か?」
「何だよいきなり」
今日のメシは買い弁だよ、と言うと太一は一瞬変な顔をして、違う違う、と手を振った。
「そんなもん見りゃ分かるって。そうじゃなくて、一般的に、さ」
「一般的にって言われても…人によりけりだろ」
うーん、と太一は考えこむ。

太一のあまりに真剣な表情を見兼ねて、ヤマトは言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「参考になるか分からないけど、…例えば、サバの味噌煮くらいなら割合楽につくれるよ、俺は」
あくまで俺の場合で、一般的ではないからな、と言い終えるのを待たず、太一が表情で身を乗り出してきた。
「じゃあ、ケーキとかは?一般的じゃなくていい、お前出来るか?」



あとになって思えば、あの時、太一の不審な質問の意味に気付くべきだったのだ。
レシピを見れば何とかなるかもしれない、と言ったがために、ヤマトは太一にとんでもない依頼をされてしまった。
それは、ケーキの作り方を教えてほしいというもので。
色々もめた揚句クッキーに妥協してもらったが、やはり何となく不満を感じる。
必要経費はちゃんと出せよ、という言葉に楽しげに頷いていたが、こちらはちっとも楽しくない。
何が悲しくて男二人でスーパーにいるのだろうか。


「…で、」
ヤマトが重々しく口を開いた。
彼の手にはスーパーのカゴ、そしてその中には卵、小麦粉やバター、つまりクッキーの材料。
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」
「何を?」
「馬鹿野郎、何でいきなりこんなこと頼んできたんだよ」
ああ、それか、と太一がつまらなさそうに返事をする。
「ほら、俺さ…毎年毎年バレンタインに手づくりのお菓子もらってるだろ?空から」
「…つまり、“ホワイトデーのお返し”ってことか?」
「んー、…まぁ。俺は手づくりをもらって嬉しいから、空にも何かつくれたら空も喜ぶのかな、って思って…さ」
そう言いつつ声が小さくなる太一を、ヤマトは何だか少し微笑ましく思う。
(空のことになると妙に臆病になるよな、こいつは…)
それは空も同じだが。
ほぼ一ヶ月前に彼女は太一にあげるバレンタインの贈り物について相談してきたが、結局考えることは同じなのだ。
ヤマトはどうしようもない友人とその恋人に苦笑した。
どうせ乗りかけた船なのだ、最後まで付き合ってやろうではないか。
「…しごいてやるからな、覚悟しろよ?」
ヤマトの言葉に太一は怖ぇな、と笑いながら軽く首をすくめた。



「さて」
材料を準備し、バターや卵を室温に戻している間みっちりとレクチャーをしたヤマトは、腰に手をあて言った。
「俺が先に見本を作るから、お前は一人で作れ」
「はあ?!」
太一は慌てる。
「無理言うな!手伝ってくれるんじゃねぇのかよ!初心者だぞ俺は!」
「知るか」
ヤマトは手に持っていた二枚のエプロンの一枚を太一に投げてよこし、もう一枚を慣れた手つきで身に纏った。
「それをつけろ」
「ヤマト!」
怒鳴る太一にヤマトはにやりと笑った。
「本気なんだろ?お互い」
なら俺が差し出口はさむのは野暮ってもんだ、と続けてやった。
太一がでも、と言いかけたのを抑えてヤマトは付け加えた。
「本気には本気で答えるのが誠意だろ」
分かんない事があったら教えるからさ、とヤマトが言うと、太一は意を決したように息を吐き、エプロンを身につけた。



ヤマトは作業を一段落終え、太一が作る段になった。
自分のクッキーをオーブンに入れて、温度と時間を設定し、スタートボタンを押す。
その横で太一がレシピとにらめっこしながら真剣に材料を混ぜているのを見て、ヤマトは何となく思う。
今、太一がどんな気持ちで作業に向かっているのか、もしかしたら分かる気がする。


例えば、卵を割る時の緊張感。
たねをまぜる時に感じる腕の重さ。
粉をふるう時に息をひそめてみたり、うっかりくしゃみをして飛んでしまった粉に慌ててみたり。
バニラをたらす時の香りや、指についたたねの味に少し嬉しくなったり。


すべて、たった一人の女の子のために、太一は努力をしているのだ。
それは、ある意味、かつて自分が弟のために料理した時に覚えた感覚に似ている。
ただひたすらに相手を思い、相手の事だけ考え、相手を喜ばせたいと思いながら手を動かす、あの感じ。
相手に対する思いの中身は太一と自分では本質的に違うとは思うが、でも根底にある思いは変わらないはずだ。
今、太一は恐らく、一つ一つに空への思いを込めて丁寧に作業をおこなっているのだろう。
眉間にしわをよせながら一生懸命思いを形作る太一を見て、ヤマトはふと笑みをこぼした。



チョコチップを混ぜたあと、スプーンでたねを天板の上に乗せた太一が大きく息をはくのを見てヤマトは彼に声をかけた。
「終わったか」
「お…おぅ」
じゃあ焼くか、と言って太一の分をオーブンに入れる。
「ヤマトの分は?」
「もう焼いたよ、気付かなかったのか」
ほら、とテーブルの上を指差す。
そこには、ケーキクーラーの上に積まれたクッキー。
唖然としている太一の肩を軽く叩き、ヤマトは言った。
「太一、その集中力をどうにか勉強に役立たせられないか?」
「なっ…!」
ヤマトは何事もなかったかのように設定をし、オーブンのスタートボタンを押す。
「ほら、太一、ぐずぐずしてられないぞ。ラッピングの袋買ってこい」
洗い物は俺がしておくから、とヤマトが言うと、太一は一瞬釈然としない顔をしたがすぐに頷いて、財布を引っつかみ玄関へと向かった。
その姿を見送り、洗い物を始めようとすると、ひょこっと太一の顔が覗いた。
「何だよ」
「あのさー…」
太一がなつっこい笑みを浮かべて言った。
「行く前にヤマトのクッキー食べてみていい?」
ヤマトも笑み返す。
「早く行け。」



水道の蛇口を締め、焼き上がった太一のクッキーをケーキクーラーにうつす。
形はまるでブサイクだし、チョコチップはまんべんなく混ざってないし、苦労したのは分かるがとてもじゃないが自分なら贈り物に出来ないだろうな、と思った。
しかし、とヤマトは思う。
(空は喜ぶだろうな)


完璧ではなく、どこか情けない姿だからこそにじみでるものがある。
空は太一の努力を受けとめるだろう。
「結局、あいつら相思相愛だもんな」
椅子に腰かけ、自分のクッキーを口にほうり込んだ。
ついでに太一のもつまみ食い。
「…ん、」
ますまずの出来。
あとはあいつがうまく渡すのを祈るだけだ。



ばたん、という音がしてヤマトははっとした。
どうやらうとうとしていたらしい。
「オッス、ただいま」
「太一…」
呆れた。
「ここお前んちじゃないんだぞ」
「いいじゃん、どーせヤマトしかいないんだから」
文句を言いながらダイニングに入った太一は思わず吐息を漏らした。
「これ…俺がつくったやつ?」
「そうだよ、お前がつくったやつだ」
「うわぁ…すげー」
太一はすげーすげーと連呼しながら感激の面持ちで自分のクッキーをみつめる。
「味見、しないのか」
「え?」
ややあって太一が慌てたようにそうだよな、味見しなきゃだよな、と言った。
おずおずとクッキーを手に取り、そっと噛んでみる。
サク、という音とともにシンプルな味わいが太一の口の中に広がった。
「…うまい」
「そうか」
ヤマトがにやりと笑うと、太一もニッと笑った。
あとは包むだけだ。
こうして準備はほぼ万端になる。



あれから数十分、自室に引っ込んでたヤマトを太一の声が呼んだ。
「お前、ラッピングに時間かかりすぎ」
「う…うるせぇっ」
包むのが下手だから見られたくない、部屋にいてくれと頼まれた訳だが、待ちくたびれてしまった。
「見せてみろよ」
促されるまま、太一はヤマトに包みを渡す。
「ふーん、まあまあの出来栄えじゃないか」
「結構頑張ったからな」
胸を張る太一にヤマトがでもリボンはもう少し引っ張った方がいいかな、と呟くと太一は少し慌ててヤマトの言った通りにする。
それを見て面食らった様子でヤマトが太一に声をかけた。
「何だよ、気にする事ないだろ」
「気にしてないけどさ、ヤマトの言う通りにしなきゃ」
「…お前の思うようにやればいいのに」
ヤマトがそう言うと、太一は、
「そういうのはヤマトの方があてになるから、今回はヤマトのアドヴァイスは全面的に採用するつもりなんだ」
と真剣な表情でリボンの形をいじくりながら言った。


「ところで」
太一が納得したところでヤマトが首を傾げた。
「これ…二つあるけど?」
「ああ、これはな、」
ヤマトの方につき出した。
「お前に。今日の礼にと思って」
「…バカヤロ」
苦笑して、太一から受け取った。
本当に仕方ないやつだな、とか気ぃ遣いやがって、とか言っていると太一が言った。
「だからヤマトのもくれ」



そんなこんなで嵐のような二月十三日は過ぎていく。
「明日、うまくやれよ」
窓から声を掛ければ、振り返って、おぅ、とか言って笑う友人がいる。
アパートの窓からその姿をぼんやり見ながらヤマトはまたクッキーをつまんだ。






And, it's the day called “The White Day”. 


単に太一とヤマトのだらだらした話を書きたかっただけで、話自体にさほど意味はありません。そしてNOT太ヤマ。ただの友情物語です。
書きたいフレーズとか書けてよかったです。楽しかった。というかヤマトに愛をそそぎすぎてどうも太一がアホキャラになってしまいました;
要するに、私はヤマト愛なのです。(また言っている)

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